シンヤのプロフィール

sinuwa
ikari

 

6month

 

当ブログに来て頂きありがとうございます。

どうも、初めまして。シンヤです。

 

現在30代半ばで、神奈川に住み、
ネットビジネスをして生活しています。

 

一般的には、"ビジネス"と聞くと、
「お金は稼いでいるけど、忙しそう」というイメージがあるようですが、
完全にフリーダムな毎日を送っています。

 

毎日2度寝して、好きな時間に起きる。
お腹が減ったら、値段を気にせず食べたいご飯を食べに行く。
旅行行きたくなったら、予約もせず飛行機に乗って旅行に行く。
遊びたくなったら、平日の昼間っから友達と遊ぶ。

 

という、自由気ままな生活をしています。
(彼女には縛られていますが 笑)

 

僕の日課は、家の近くに住んでいるカモ達にごはん(ポップコーンとか)をあげる事です。

 

かも

 

旅行の時とか、ご飯をあげられない日は、
「ちゃんと食べてるんだろうか?」って
心配になるくらい情が入ってしまっています。
(野生なので自分たちでなんとかするでしょうけど 笑)

 

この生活。パット見、二―トですよね。

 

が、月収は200万円以上あるから、これが驚きなんですよね。

 

こんなことを言うと、
「なんか悪いことしてるんでしょ?」
「あ、分かった。彼女が働いてるんでしょ?」
と思うかもしれません。

 

ちなみに今のセリフは、
僕の祖母に、稼いでいることを打ち明けた時に言われました(笑)

 

僕がしているのは「ビジネス」というものです。
それも、インターネットを活用した、ビジネスです。

 

僕は大学時代、平凡な学生生活を送っていました。

 

僕が卒業した帝京大学といえば、学力的には平均レベルで、
そこの学生の多くは、大卒という肩書を得た後、
ごくごく普通の一般企業に就職します。

 

しかし、僕は後半年で卒業という時期になっても、
就職活動すらしませんでした(笑)

 

普通の人だったら、
「大学入って就職しないとか勿体ない」
と思うかもしれません。

 

が、僕は全く後悔していません。

 

というのも、
バイトの合間にちょくちょく続けていたビジネスで、
月に200万以上稼げるようになってしまい、
もはや就職して働くよりも、
ビジネスに集中したほうが自分のためになるなと思ったのです。

 

「経済的にも、誰にも頼らずに生きていけるし、大丈夫でしょ!」
といういことで、バイトもやめ、就職もせず、
ずっとしたかった自由な生活をすることにしました。

 

結果、今では毎日自由に、楽しくのんびりと、
自分のしたいことだけをして過ごせているのです。

 

僕は、11才の誕生日の日に父親から、
「東大に入れる勉強法」という本をプレゼントされました。
そんななんとも教育熱心な家庭に生まれたのです。



中学校、高校と、塾に通い勉強。
そして、私立高校の特別進学クラスに無事入学。

 

高校に入ってからはちょっとは自由になれるかなー。
と思っていましたが、そんなことはなく、
相変わらず「勉強しろ!」と親がうるさかったです。

 

門限も厳しく、友達と遊んでいても
途中で帰らなければならないということがしょっちゅう。

 

合コン中に、
「えええ、途中で帰るの?怪しい」っていう理由で、
彼女を作るチャンスを逃したこともあります(笑)

 

そんな親に縛られて好きなことができない18年間を過ごし、
高校を卒業して、地元を離れて帝京大学に行くことにしました。

 

ちなみに帝京大学を選んだ理由は、
東京に住みたかったというだけです。(笑)
(僕は都会に憧れる純粋な少年だったのです。)

 

1人になり、自由になれたのが嬉しすぎて、
大学生活に期待に胸を膨らませた僕は、
早く可愛い彼女でも作って家に連れ込もうと考えていました。

 

入学してからはサークルで知り合った仲間と合コン三昧。
毎日がお祭り状態でした。

 

念願の彼女も出来ました。
(数ヶ月で振られましたが)

 

しかしこんな生活は3ヶ月と持ちません。

 

貯金が底を尽きそうになった僕は、家の近くのパチンコ店でバイトを始めました。
 

社会不適合者への第一歩を踏み出したシンヤ


バイトの労働時間は16時~24時、時給1000円、弁当付き。

 

遊ぶお金欲しさに、ほぼ毎日働き、月に20万円近く稼いでいました。
(授業はどうした?ってツッコミはなしで)

 

そんなある日、バイト先の先輩から飲みに誘われました。

 

先輩「パチンコよく行くの?」

シンヤ「パチやったことないんですよねぇ」

先輩「給料増やしとけ(笑)」

シンヤ「勝てるんすか?」

先輩「オレと一緒なら絶対勝てる、引きの強さは多摩1だから」

シンヤ「マジッすか、やってみようかな」

 

「ギャンブルには絶対手を出すな」と子供の頃から
父に強く言われてきた事もあり、正直あまり乗り気ではありませんでした。

 

けれど、
「簡単にお金を稼げる」
そんな甘い言葉に誘われて一緒にパチンコ屋へと行くことになりました。

 

これが噂の情報弱者っていう奴です。(笑)

 

初めて打ったパチンコ台はCR海物語という機種。

 

両替機で一万円札を両替して、
お札投入口に千円札を突っ込む。

 

そして、適当にハンドルを回しました。

 

すると、千円が5分程で、一瞬で消えてしまいました。

 

「あーなんでこんなとこ来ちゃったんだろう。
5分で千円消えちゃったよ。くそ、ありえない。。。」

 

と、マジで地獄に落ちたように思えました。

 

「くそっ…このままじゃ帰れないぜ。
とりあえず財布の中身がなくなるまでやってみよう。
勝負や~!」

 

と、負けず嫌いな僕は決意します。
財布の中身は残り12000円。
1枚、また1枚と千円札が吸い込まれていきます。

 

で、ちょうど6枚目の千円札を突っ込んだとき、
ハンドルを回し始めたら…

 

「ラッキーーーーー!」
と、パチンコ台から可愛い声が聞こえました。

 

「おおーーー、ほんとに当たった。」

 

と、興奮してキョロキョロしてたら、
先輩がやってきて、

 

「シンヤくん、やったね。確変じゃん!」
と、僕の背中をポンっと叩いてハイタッチを求めてきました。

 

「やっぱオレって勝負師特有の感が強いな。持ってるわ。神の子シンヤ♪」

 

ここで僕は調子に乗ります。(笑)

 

で、その後も確変がしばらく続いて、
3時間程パチンコを打ち続けました。

 

「よし、そろそろ帰るか!」と先輩に言われ、
椅子の横に山積みになっているドル箱を店員さんに運んでもらい、
レシートに替えて、カウンターへ。

 

景品交換所に行き、お金に替えてみると、

なんと…6万円勝っちゃいました。

完全にビギナーズラックです。

 

「おぉ、本当に簡単に稼げた。楽勝だな!」

 

ここで天に上った19歳の僕は、
暇があればパチンコ屋さんに入り浸るようになります。

 

ギャンブルにハマる典型的なダメ人間パターンですね。

 

で、何度も何度も足繁く近所のパチンコ屋に通うのですが、
勝てたのは数回だけ。

 

本当に感でだけで打っていただめ、マイナスが続きます。

 

「ええい。今日勝てなかったらもう二度と来ない!」
と、パチンコ屋に行くたびに思うのですが、
負けても負けても、
「次こそは…!」
と淡い期待を抱いて通い続けます。

 

そして今度は、
「パチンコがダメならスロットだ!」
と意味不明な期待を抱いて撃沈…

 

バイト代や仕送りもパチンコやスロットに使い、
ついに、生活費も危うい状況に(汗)

 

「やばい!!このままじゃ破産してしまう!!」

 

ということで、どうしようと悩んでいたある日、
フラ~っと立ち寄ったコンビニで、
「パチンコ必勝本」「パチンコ攻略マガジン」
という、パチンコの雑誌が売っているのを見かけました。

 

「怪しいな~パチンコに必勝法も糞もあるか!」
と思ったのですが、もしかしたら…
という淡い期待を込めて、それらを買って読んでみることにします。

 

すると、

・パチンコは、「出目に」よって期待値が変わる

・「チャンス目」が頻出してリーチに発展しない台は有望台

・期待度が低いと判断したら、買っていおても即ヤメ

・「ボーダー以上の台をより多く回す」ことが最大の攻略法

・店はしっかりと選ばなくてはいけない

・理論上プラスの台を打ち続ければ、トータルでは必ず勝てる

・無駄なマイナスを出さないためには、釘を読む必要がある

 

などなど、パチンコでの真っ当な勝ち方が載っていました。

 

「おおー!パチンコってこういうことだったのか!
これはしっかりと勉強して実践すれば勝てそうな気がするうぞ!」

 

とういうことで、
そこからますますパチンコにのめり込みます。

 

大学はほとんど行かず、バイトのシフトも減らし、
来る日も来る日もパチンコ店に入り浸ります。

 

好きなことにはとことんのめり込む性格の僕は、

東京に住んでいたのですが、
渋谷中のパチンコ屋はほぼ全て行き、
さらには新宿、池袋、八王子のパチンコ屋まで
1人で行ったりもしました。

 

いい台を取るために、
開店前早朝の台風の中、2時間並んでみたり、
仲良くなった常連客と話し込んで終電がなくなり、
代々木公園のベンチで野宿したこともります。(笑)

 

今振り返ると相当アクティブな毎日でした。

 

で、そんなパチンコ三昧な毎日を過ごしていると、
さすがに、徐々に稼げるようになってきます。

 

多い月だと、月に100万円ちかく稼げることもありましたし、
最低でもサラリーマンの給料くらいは稼げていました。

 

で、勝てるようになるとますます面白くなり、
学校に登校せず、毎朝パチンコ屋さんに登校するように。

 

典型的な廃人大学生です。

 

朝早く起きて、パチンコ屋に並び、
閉店の23時まで打って吉野家で夕食食べて帰って寝る。

 

そんな生活を数年続けていました。

 

パチンコ自体好きだったので、
好きなことをして、それでいてお金も稼げる。

 

僕的には天国にいるみたいでした。

 

ちょっと高めの服を買ったり、
うまいもの食いにいったり、
夜の新宿で豪遊したり(笑)

 

大学生にしては羽振りのいい生活を送っていました。

 

この時の僕は、自分をギャンブル漫画の
主人公かなにかに置き換えてたような気がします。
中二病っていう表現がぴったりですね(苦笑)

 

が、徐々に学校が忙しくなり、
パチンコ屋に行く時間がなくなってきます。

 

とっくにバイトも辞めていたため、
収入が減ってきて不安にもなります。

 

「ああ、お金がなくなったらどうしよう。」

 

サラリーマンの給料以上に稼いでいた僕は、
今更普通のバイトをしても、たかが知れてるしなー。

 

ということで、
パチンコに代わる新たな収入源を探し始めます。

 

この頃から、就職せずに自由に自分の好きなことをして暮らしたい!
という思いが強くなっていきます。

 

借金100万円

なんか金儲けできることないかなー。
とネットサーフィンをしていて、
見つけたのが"FX"です。

 

・株に比べて小資本から始められる

・24時間、自分の自由な時間にできる

・10万円を1000万円にした人もいる

・手数料が引き下げられた(当時)

 

ところに魅力を感じ、
「これならオレもいけるでしょ!1億稼いでセミリタイアだぜ!」
ということで、FXを始めることにします。

 

この頃は、本気で投資家になろうと思っていました。

 

で、最初はでもトレードという、
仮想のトレードで練習してみることに。

 

が、パチンコでお金を突っ込んで、
減ったり増えたりするのに慣れていた僕は、
仮想トレードだと全くスリルを感じず、退屈に。

 

とうことで、
たいして知識も経験もない状態で、
すぐに自分のお金を使ってトレードを始めて行きます。

 

これ、典型的に失敗するパターンです。(笑)

 

で、最初は少額を賭け、数千円勝って、
「おっしゃー♪」と喜んでいました。

 

FXのチャートはネットで見れるので、
学校の授業中はチャートを見たり、経済指標を見たり、
FXの情報誌を買って読んだりしていました。

 

学校の教授に、
「授業に関係ない本読むな!出てけ」と言われて、
教室を追い出されたこともあります。(笑)

 

そんなある日、
「お、なんか今日はやたら動いてるなー
よし、勝負師としてたまには大きく張ってみるか!」

 

ということで、いつもの50倍くらいレバレッジをかけてみたところ…
(現在は個人最大25倍までに制限されています)

 

日給50万稼ぐことに成功!!!

 

米国ワールドコム破綻という経済危機が起こった時期でした。

 

授業中にPCを使って取引しまくって、
サラリーマンの月収をたった1日で稼ぎだすことに成功したのです。

 

「おおー、日給50万。金持ちのレールに乗ったぞ。
普通に働いてる奴は頭悪いでしょ!人と違うことすりゃ楽勝だぜ。
これで俺も1年後には億万長者だな!」

 

と、完全に世の中をナメ始めるようになります。(笑)

 

そしてその後もFXを続けていき、順調に一流投資家への道を歩んでいきます。

 

 

なんてなくて、順調にお金を減らしていきます。(笑)

 

FXで日給50万円稼げたのは、
パチンコで初日に6万円勝ったのと同じ、
完全にビギナーズラックでした。

 

やればやるほど資金が減っていき、
気づいたら半年で80万以上負けていました。

 

「うおぉぉぉ、この世から消えたい…」

 

パチンコで貯めた貯金がだいぶ減ってしまい、
焦りを感じていた僕。

 

「くそ、このままFXをやってても、負ける気しかしねえ。
悔しいが、ここは一旦引くしかない(涙)」

 

FXでの失敗により、投資の世界の厳しさ、
不労所得に憧れるのは100年早いことを痛感しました。

 

人生ナメてると痛い目にあいますね。

 

帝京大学卒業。そして、専門学校へ。

と、今までパチンコとFXの話をしてきましたが、
実は僕は帝京大学の文学部を卒業して、就職はせず、
ファッション系の専門学校に入学しました。

 

一時は、
「さすがに就職しとかないとまずいかな」
とも考えたのですが、

特にやりたくもない仕事をわずかな給料のために従順とこなす、
僕にはそれがどうしても耐えられないと思ったのです。

 

小中高と親に縛られ、自由がなかった僕は、
「自分のしたいことをして生きたい!」
という願望が人一倍強かったのです。

 

で、自分の興味のあることを模索していた時に、
「なんかファッションって楽しそうじゃね?」
と思った僕は、ファッション系専門学校の
ビジネス学科に入ることにします。

 

1年制で年間授業料は約100万。

 

「パチンコで貯めた貯金内でなんとかなる!大丈夫だ!」
とホッとしたのを覚えています。

 

授業は、火曜と金曜の9時~17時。水曜は9時~12時の週3日。
というなんともゆとり的なカリキュラム(笑)

 

家にいる時間が多くなりました。


この頃、当時付き合っていた彼女のアパートに引っ越したので
食事の準備すら自分でする必要がなくなりました。
お前がしろよって話なんですが(笑)

 

なので、家にいても特にすることもなかったので、
またパチンコ屋に登校する毎日が始まりました。(笑)

 

で、授業が進むにつれて、だんだんと学校の課題も忙しくなってきました。
と、同時に、学校がつまらなくなってきました(笑)

 

「ファッションの勉強するの楽しそう!」
と思って入った専門学校でしたが、
実際勉強してみると、ちっとも楽しくありませんでした。

 

そもそも実際勉強してみたら興味のない分野だった、
ということもあるかもしれません。

 

毎回毎回、教科書に書いてあるような内容を説明され、
質問に答えられないと講師に罵倒されます。

 

ちゃんと答えても、理不尽に罵倒されることもありました。(笑)

 

朝から学校に行って、めんどくさい講師の言動に耐え、
やりたくもない作業を卒業単位取得のためだけに我慢してこなす、
そして、疲れ果てて帰る。

 

僕はサラリーマンになったことはないですが、
いわゆる、ブラック企業に勤めているのとほぼ変わらないような生活だったと思います。

 

「やばい、就職してもこんな生活をして、一生を終えるのは絶対に嫌だ!もっと自由に生きたい!」

 

そんな事を考えていたら、専門学校の勉強もどうでもよくなって、
再びパチンコに没頭する毎日が続きます。

 

そしてまた毎月じゃらんじゃらん安定収入…

 

ってならなかったのが誤算でした。

 

等価交換の店が激減、大幅な機種変更などにより、
以前のように楽に勝てなくなっていたのです。

 

そのため、買ったり負けたりの繰り返しでトータルすると大赤字。
専門学校を卒業する頃には70万円もの借金を背負っていました。

 

それでも就職だけは絶対にしたくなかった僕は、
彼女のアパート暮らしという環境に甘え、
パチンコと借金を繰り返し、毎日をダラダラと過ごしていました。

 

そんな生活をすること、約3年。(この時借金100万円)

 

事件は起こった!

ある日の夕方、僕は彼女にベッドの上から
「今日の晩飯なにー?」といつものように聞きました。

 

そのわずか数秒後、

 

眼を真っ赤に充血させた彼女が僕の目の前に…

 

右手には包丁…

 

目が合った次の瞬間…

 

sinuwa
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怒り狂った彼女は怒鳴をあげながら、僕に包丁を突き付けてきたのです…

 

はじめての出来事にかなり動揺したのを覚えています。

 

冷静に考えれば彼女がキレるのは当たり前で、
普通だったらとっくに捨てられてるはずです。

 

「こんなオレをここまで大事にしてくれる子なんていねーよな。
恩返ししないと…男として終わってる」

 

とさすがに反省した僕は、まずバイト(ティッシュ配り)を定期的に入れるようにしました。

 

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その後、ラブホテルの清掃もやるようになり、
食費の他、家賃や光熱費もちゃんと彼女に払うようになりました。

 

が、高校まで親に縛られ、専門学校でも縛られた僕は、
就職して一生会社に縛られて生きていく人生は絶対に嫌でした。

 

もうこれ以上誰かに縛られるのはこりごり!
自由になりたい…!

 

強く心の底から願った僕は、雇われずに生きていくことを決意します。

 

ネットビジネスで月収200万!

一生就職せずに生きていくなんて、
彼女に言っても反対されるのは分かりきっているので、
言いませんでした。

 

FXやパチンコで大負けしたため、
ギャンブル性の強いものには手を付けない。
そう決め、模索し始めました。

 

まず、本屋に行き、
「週刊SPA」という雑誌を発見します。

 

副業系の情報が特集されていたので、早速購入し、
家に持ち帰って、ベッドでゴロゴロしながら読み始めます。

 

そこで発見したのが、「ネットビジネス」というもの。

 

「ネットビジネス??なんだそれ?ねずみ講か?」
と、めちゃくちゃ怪しいものかと思いました。

 

で、それまでYouTubeを見るくらいしか使っていなかったパソコンを開き、
ネットビジネスに関してひたすらリサーチをします。

 

すると、ネットビジネスに関する情報が大量に出てきて、
ブログで情報発信している人もたくさんいることを知ります。

 

・資金がかからない

・知識、人脈、関係なし

・学歴、年齢関係なく誰でもできる

 

「そんなうまい話あるか!」と、
ちょっと胡散臭く感じてしまいました。

 

が、中には、ネットビジネスで稼いで起業し、
社長になって六本木ヒルズに住んでいる人も何人もいました。

 

ホリエモンのブログにも、
「今の時代は個人でもネットを使えば、月100万くらいなら楽勝で稼げる。
なのにやらないのはアホとしか言いようがない」
こんなようなことが書かれていました。

 

「んー、なんか胡散臭いけどITで月100万とかかっこいいなー。
女の子にもキャーキャー言われそうだし。よしホリエモンを信じてみるか」

 

ということで、そっからはネットビジネスで稼ぐべく、
来る日も来る日もビジネス漬けの日々を送りました。

 

「次の誕生日までには、彼女に何かプレゼント買って驚かせてやろう!」
と考えていたため、友達との遊びも一切断り、
バイトに行く以外は常にパソコンを持ってビジネスに取り組みました。

 

もちろん、最初(本格的に作業を始めてから数週間の間)は全然稼げませんでした。
報酬画面を見ても、0の羅列。

 

が、続けていくと、だんだんと報酬が発生し始め、
約3ヶ月で月収は30万円近くになりました。

 

「よし、これはいける!」

 

と確信した僕は、
寝る間も惜しんで(というか、寝る間も忘れるくらい楽しかった)
ビジネスに取り組み、どんどん報酬を伸ばしていきます。

 

そして、ビジネスを開始してから6か月足らずで月収は200万円を超え、
念願だった彼女への誕生日プレゼントを買い、サプライズを果たします。

 

その頃には、
「このまま勢いで突っ走って、もっとビジネスで稼ぎたい!」
という思いが強かったため、
時間の取られるバイトを完全にやめようかと思い始めました。

 

ビジネスに費やす時間をもっと増やせば、もっと収入も伸びると思ったのです。

 

で、
「もうバイトに行かなくても、とりあえず生活には困らないだろう」
と確信が得られた2008年7月。
バイト先に退職届を出しました。

 

彼女に何も言わずにバイトを辞めたらまた心配されると思ったので、
退職届を出す数日前、始めてビジネスで稼いでいることを言いました。

 

喜んでくれると思い、抱きしめる準備をしていたのですが、
「悪いことに手を染めてないよね?」
と本気で心配されました。(笑)

 

自由になろう!

そもそも、パチンコ、FX、ネットビジネスでお金を稼ごうと思った一番の理由は、

 

自由が欲しかったから。

 

自分の好きなことをして、
かつ誰にも縛られず生活できる自由です。

 

例えば

 

・年収1000万をもらえるけどやっていてつまらないしごと

・年収500万だけどやっていて楽しい仕事

 

だったら、僕は迷わず後者を選びます。

 

毎日毎日辛い思いをして働いても、お金の奴隷になってるのと同じです。

 

確かにお金は必要ですが、生活できる最低限のお金があれば、
後は自分の好きなこと、楽しいことをいた方がいいなというポリシーで生きています。

 

まあ、理想的なのは、
自分の好きなことをしてかつお金にも困らない状態ですね。

 

お金があれば選択肢の幅が広がり、
より楽しいことも選択できるようになるますしね。

 

別に今の生活に満足していて、
十分なお金も持っているならいいのですが、
そうでない場合、
自分の人生の可能性を広げる選択肢の一つとして、
「ネットビジネス」という選択肢があるということを頭に入れておいて欲しいです。

 

ネットビジネスの世界は、学歴も性別も年齢も関係なく、
誰でも活躍できる可能性のある素晴らしい世界です。

 

周りの同年代の人が、
「毎日大変だよー。給料も安いし。」
と言っている中、
僕は、その何倍もの自由と、そしてお金も稼ぐことができています。

 

僕は帝京大学というごくごく一般的な大学に通っていました。

 

周りは皆、就職という道を歩んでいるわけですが、
僕は、「起業」という道を選びました。

 

周りにあわせていたら、
周りの人と同じような、
型にハマった平凡なつまらない人生しか歩めないと思ったからです。

 

必ずしもいい会社に就職。
そして、結婚して定年まで働くっていうのが、
幸せな人生じゃないと思っています。

 

どうせなら自分の人生は、自分の好きなように生きて欲しいです。
他人に決められた生き方ほどつまらないものはないと思います。

 

人生は一度きりです。
死ぬ間際に後悔しないような人生を送って欲しいと思います。

 

ではでは、長文でしたが最後まで読んで頂きありがとうございました!

 

ちなみに、具体的な稼ぎ方のノウハウ、
僕が今まで身につけたビジネスに関する知識は、
メール講座(無料)でも発信していますので、
今の現状をちょっとでも買いたいと思っているのでしたら、
ぜひ読んでみてください。彼女が僕にブチぎれた音声も公開してます(笑)

 

 


成果が出たらぜひ報告してきてください。
あなたが稼げる様になる日を楽しみにしてます。

そして、僕と同じように自由な生活環境を手に入れたら
同じ仲間として楽しく飲みにでもいきましょう♪

ではでは、長くなりましたが
自己紹介を終わりたいと思います。
最後まで読んで頂き本当にありがとうございました。

 

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プロフィール

名前:シンヤ

ペンギンとサッカーとノンフィクション本が大好きな青年。嫌いなモノは蜂とサメと納豆。

最近料理にハマり中。
得意料理はカレーライスと味噌汁。
  

18歳。大学進学のため上京
20歳。パチンコ屋でアルバイトの日々
21歳。借金100万円
22歳。彼女の家で居候生活
26歳。彼女に包丁で刺されかける
27歳。PC1台でネットビジネスに挑戦
〃歳。半年で月収200万突破して興奮する
28歳。生活のために働く必要がなくなる
31歳。出版社から書籍化のお話を頂く
現在に至る。

詳しいプロフィールはこちら

   

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